患者さんの身体機能が衰えても、
小さな幸せを叶えてあげたい。
人生100年時代に突入し、65歳の定年を迎えても、それから20年、30年の年月を生きていくのが当たり前になってきた。そんな人生の最終段階に関して近年注目されているのが、ACPである。ACPはアドバンス・ケア・プランニングの略称。前もって(アドバンス)・お世話になることを(ケア)・計画する(プランニング)という意味で、人生会議とも呼ばれている。
一般にACPというと、〈意識がなくなったときに心肺蘇生や延命治療を望むかどうかを決めておく〉ところに焦点があたりがちだが、実際はそれだけではない。みよし市民病院の事業管理者、成瀬達医師は次のように説明する。「ACPは最期の瞬間まで、その人らしく生きていくための計画です。ですから70代、80代、90代でそれぞれどんなことをやりたいかを考え、自分の望む人生の最終段階の過ごし方を決めて、周囲の人たちに伝えておくことが基本になります」。
成瀬の考え方に基づき、同院ではACPの取り組みに力を注いでいる。具体的には講演会などで市民へACPの実践法を紹介しているほか、院内の認知症委員会でACPをテーマに取り上げ、多職種みんなで患者へのアプローチ法を検討。その一環として、昨年からすべての入院患者や家族に〈アドバンスケアシート〉を手渡し、人生の最終段階の希望を記入してもらう試みもスタートした。
「これはもちろん、答えていただける方だけでいいのですが、患者さんの思いを聞き取ることで、多職種で情報共有してアクションにつなげるよう努力しています。たとえば、「病院よりも住み慣れたわが家で治療を受けながら、余生を全うしたい」というご希望のある場合、どんな課題をクリアすれば家に帰れるかを多職種で検討し、早くから準備しなくてはなりません。高齢者の場合、入院初日が最もADL(日常生活動作)が高く、入院期間が長くなるほど衰えていきます。入院中に認知機能が低下し、自己決定能力がなくなる可能性もありますから、1日でも早くACPについて話し合いを始めた方がいいと考えています」(成瀬)。
同院がACPに積極的に取り組んでいる背景には、超高齢社会における病院の役割が変化し、〈治す医療〉から〈治し支える医療〉へと転換してきたことがあげられる。そして、〈治し支える医療〉の軸となるのが、急性期から回復期、在宅療養までを切れ目なく、多職種が連携してサポートしていく継続ケアの体制である。
「たとえば、患者さんが在宅療養を望んでも、ご家族がとてもお世話できないと尻込みされるケースもあります。そんな場合、当院では訪問診療や看護、訪問リハビリテーションの機能を駆使して、継続してサポートしていくことができます。ご家族にとって在宅介護は大変なことですが、〈やれるだけのことをやって見送ることができた〉と思っていただけたら、それは素晴らしいことですし、応援したいと思います」と、成瀬は話す。
同院はもともと、急性期医療を中心とする他の自治体病院とは異なり、人生の最終段階のケアまで視野に入れ、命を救う急性期から回復期、慢性期、そして在宅療養までをカバーできるようにつくられた市民病院でもある。ACPの実践は同院にとって、まさに必然的な取り組みであり、超高齢社会の進展に伴い今後ますます重要な課題になっていくだろう。では同院の職員たちはこれから、どんなことを大切に考え、ACPを実践していこうとしているのか。
「人生の最終段階では誰でも病気を患い、身体機能が弱り、ヨロヨロと過ごすことになります。そのとき、患者さんがどんな生活を望んでいるのかを把握することがまず必要です。そして、患者さんのゴールにある〈小さな幸せ〉を多職種で共有し、ほんの少しの小さな幸せを感じてもらえる医療やケアを提供していくこと。そのためにこれからも、医師、看護師、理学療法士、管理栄養士、社会福祉士など全職種が力を合わせて、市民の皆さんの人生を支えていきたいと思います」(成瀬)。
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